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2016年1月1日(金)
- 2016年1月1日(金) 午後2時43分35秒
新年に思うこと
2016年、除夜の鐘を撞きに行き、帰る途中で小雨が降ってきました。
家に帰った後、結構本格的に降ってきました。
朝、起きると庭や物干しがずっくりと濡れていましたが、天気は快晴。
素晴らしく穏やかな元日となりました。
浄瑠璃寺の年始の書のおわりににある言葉です。
「今年も自然災害や大きな事件がいくつもありました。
その中には防ぎようがないものもあれば、小欲(人間の都合)から離れれば防げるものもある気がします。
大きな視野・視点がもてるように心がけたいものです。」
同感です。
今年も昨年より引き続き問題は山積です。
年末には、韓国の慰安婦問題に最終的な決着がついたとの報道がありました。
しかし、この時の日本側の条件、そして、首相の言葉があまりにもひどくて、これじゃー元慰安婦と呼ばれる人権を蹂躙された方々は、まるで札束で頬を殴られた感がするのではないかと思いました。
今もなお、世界の各地の紛争の現場で女性の人権が踏みにじられています。
戦争によって、奪い取られた人権。
それを思うとき、慰安婦問題は決して数の問題ではない。
現に逃れられない状態に閉じ込められた方がいたという事実を思うとき、それは女性の人権を守るという目指すべきものの象徴ともなる悲しい事実です。
であるにもかかわらず、なぜ「子や、孫の代まで謝らせない。」となるのでしょう。
「二度と戦争をしない。二度と女性の人権を踏みにじらない。人権を踏みにじられた方々に過去の過ちを陳謝すると同時に、これからも決して同じ過ちを繰り返さないように子々孫々にこの悲しい事実を伝え、世界の女性の人権を守るべく努力致します。その象徴として慰安婦の像を日本大使館内に移設します。」くらい言えないのかしら。
っと、憤慨していました。
日本の報道は、その自主性に疑問符が付けられています。
でも。新聞やテレビでしか情報を得られない人もたくさんいます。
権力の発表を垂れ流しにしていてはメディアはその責任を果たしていると言えません。
メディアの責任は、時の政権のチェック機関でもあるはずです。
今や海外メディアの発表のほうが信用できる気がします。
さて、今年、浄瑠璃寺の終わりの言葉にあるように
「大きな視野・視点がもてるように心がけたいものです。」ね。
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